22/03/04 00:55

愚かな戦争

春が近いので明るい話題を、と思うんですが・・・
節分草を見に行きたいし、お花見の計画も。
しかし嫌なニュースばかり。コロナもまだまだ大変なのに。

ウクライナの事で毎日暗い気分です。
嫌なニュースに影響され暗い気持ちになって無気力なってしまうのを「共感疲労」と言うんだそうです。
対策は「テレビやネット動画を見ない」「今自分がやるべき事に集中する」そういうことだそうですが・・・

最初に思ったのは「島国日本とは違って西洋は過激だな、理解不能」
大陸的というのかな。日本の常識が通用しないんですね。
日本人は平和ボケ? いえ、そんなことはないと思いますけど。

シベリア抑留者とウクライナ女性との美しい物語があるので↓「続きを読む」をご覧ください。
なんでウクライナの娘さんたちが、シベリアの収容所に送られたのでしょう?

大陸の人々は、昔から戦争に明け暮れてきた厳しい経験があるからでしょうか、日本人の感覚とは違います。
ジンギスカンはほぼロシア全域を征服したんですよ。ウクライナもです。
中国や朝鮮半島などの人々も、日本の戦国時代のような状態が近代まで続いてきて過酷な経験をしています。

強い者だけが生き残る。生き残るためには強くなれ! 自然の脅威にも対抗せよ! 戦って勝つ!! 常に戦う姿勢なんです。
近所に住むアメリカ人と話したとき感じました。
しかし日本人である私は違和感。調和とか共存とは違う思想でした。

戦って勝って、それでいいことありますか?
考えが浅いんじゃないですか? 勝ったと思っているのは自分だけかも。
禅寺で座禅を組んで考えなさい!! そう言ってやりたくなります。

戦争では何も解決しないと思うんです。双方とも失うものばかりです。戦い続けて互いに共倒れになります。何十年たっても恨みは消えません。
戦争に勝ち負けはないと思います。双方とも敗者です。
インド独立のときのガンジーのように非暴力闘争が理想だと思いますが、しかし相手がロシアでは通用しそうもありません。

しかも今の戦争は大量破壊兵器。
戦争は最悪の環境破壊であると言われています。
汚染物質を撒き散らして、人命のみならず地球環境も破壊します。これは取り返しがつきません。
戦争が終わった後も、多くの人命が失われることになります。
地球には人間も動物も住めなくなってしまいます。昔の常識は通用しないんです。
温暖化防止、脱炭素の努力も水の泡。
公害防止、環境保護、市民が省エネやゴミの分別で地道に努力しても、全部水泡に帰してしまいます。

愚かですね。自分だけの都合、目先の利益しか考えていないんです。
こうしたごく一部の人の蛮行によって、何もかもが滅茶苦茶にされてしまいます。

1968年のチェコ事件によく似ています。しかし今のウクライナのほうがずっと過酷です。
当時私はまだ子供でしたが、父が残したこの本を読んで初めて何だったのかわかりました。

「チェコの勝利」と書かれていますが、多くの人命が失われたにもかかわらず、残念な結果に終わりました。
民主化勢力は骨抜きにされ、東西冷戦終結までロシアに支配されました。

ロシアの小麦輸出は1位、原油は3位です。
それが全部ストップしてしまいます。
物不足になり今後物価が大幅に上がるのは確かでしょうね。すでに灯油はひどく高価になっていました。
税金も上がると思います。昨日の首相の話はお金のかかる事ばかり。しかし必要な事なんだから、しかたがありません。
我々一般庶民は知恵を絞って備え、耐えるしかありません。
しかし「ウクライナの人々と共にある」と思えば耐えることができます!
(ウクライナ難民だけ特別扱いじゃないか?という意見がありますが、相手がロシアだという特殊事情があります。日本にとってロシアは昔から特別の意味をもつ国です)

 

さて、一転ここからはご気楽な話題です。
「いぶりがっこ」pilさんが興味を示していたので買ってきました。
これは日本の漬物の王者!? 大根を煙でいぶしてから漬け込みます。
これさえあれば、炊きたてご飯お茶碗5杯はイケます(爆)
その後は走ってカロリー消費しなければ(汗)
一粒300mのグリコ以上です^^¥
本当はドイツまでお送りしたいんですが。
秋田の業者がフランスで売り出したら好評だそうで、これには驚きました。
世界一のグルメと言われるフランス人は、燻製の味が好きなのだそうです。
pilさんはフランスへ行く機会が多いようなので、今度買ってみてください。
日本から送るよりそっちのほうが早いかも。ネットで調べればどこに売っているかわかります。

屋根の雪が落ちて庭に大きな山ができました。
童心に帰って山に登って遊んでいます(笑)
雪の量は今が最大。この雪が融けると、庭に水が溢れて足がズブズブ沈む泥沼のようになってしまいます。

去年ご紹介したユニークな家。
雪はどんな状態かな? 街へ行く途中で様子を見て来ました。
うちより雪は少ないです。たった5kmの距離なんですが山の気候はずいぶん違います。
見晴らしが良くて窓から富士山が見えるかもしれません。
空中ブランコなんてできそうだ(笑)
遊び心満載の家ですね。鉄骨なので見た目より強いと思います。
でも寒そうだ。床下から冷えてくると思う。
別荘ではなく、冬でも人が住んでいます。車は東北地方のナンバーでした。
津波で家を失って、ここに移住してきたのでしょうか。
もうすぐ3.11ですね。
3.11の次は各地で地震、水害、そしてコロナ、今度はウクライナ。危機が次々と襲ってきます。
生き残るのが大変な時代になってきました。知恵を絞らないと・・・
難しい問題なのでコメントは省略で結構です。
↓「続きを読む」も読んでいただけると嬉しいです。

高校の同窓生のサイトに載っていた文章です。

私はウクライナを訪れたことはありません。ただ、かつて患者さんからお聞きした昔語りがあって、感謝の気持ちを共有しています。研修医2年目のときに担当させていただいた、80代の進行胃癌の患者さんでした。
病室を訪れると、Kさんは朝のコーヒーを飲んでいるところだった。
「おはようございます」と僕が入り口のところで声をかけると、「あぁ、先生。おはようございます」とKさんも言った。そして、診察をしてもよいかと聞くと、Kさんはニッコリ笑ってうなずいた。
上半身を脱いでもらい、首から順にリンパ節を探ってゆく、鎖骨あたりから硬くなった腫瘤を触れる。「これが転移巣です」と僕は声に出して言った。Kさんはそれには答えずに言った。
「ずいぶん痩せてしまいました。若い頃から否が応でも鍛えてきた体ですが、病気というのは怖いものですね。こんなにあばらが浮いてしまって・・・でも、おかげで転移巣がはっきり分かる」
僕は小さくうなずいて、それから聴診器を胸壁にあてた。Kさんは背筋をピンと伸ばして、やせ細ってしまった体に空気を思い切り吸い込んでくれた。元兵士にみられる独特の姿勢と深呼吸だ。
「戦争で御苦労なさいましたね」と僕は思わず口にした。Kさんは意外そうな顔で僕を見下ろしていたが、少し間をおいてからこう言った。
「そうですね。戦争も苦労でしたが、私の場合は抑留されましたからね。3年、そう3年間シベリアにおりました」
「そうでしたか」と僕は言った。しかし、その苦労を推し量るすべが僕にはなかった。それを察したのか、Kさんは話を続けた。
「ビンタで明け暮れする軍隊生活も辛かったですがね、マイナス何十度にもなるツンドラで労働を続けさせられた抑留生活が最悪の時代でした。毎日毎日、シベリア杉に斧を入れて切り出すのです。芯まで凍った樹木は、斧を入れたとたん、カーンという高い音とともに縦に割れてしまうこともありました。この他、炭鉱掘り、塩工場・・・、各地のラーゲリ(強制収容所)を転々としながら、いつか帰国を果たすのだと働き続けていました」
「将来につながらない労働は辛かったでしょうね」と僕は言った。
「ええ、どんなに一生懸命働いても、それはスターリンのためでした。だから、仕事が終わってラーゲリに戻ると、私たちはシベリア玩具の製作に精を出したものです」
「シベリア玩具?」と僕は質問した。
「いえ、何のことはない、つまらないおもちゃのことですよ。私たちはラーゲリのなかで、手すさびに木彫りの人形を作っていたのです」
「厳しい労働で疲れていたでしょうに、よく木彫り細工などをなさいましたね」と僕は言った。
「まあ、多少のわけがありますね」とKさんは笑った。「ウクライナから強制労働に連れてこられた娘さんたちがいましてね。工場で一緒に仕事をすることもあったんです。あのシベリアで私たち外国兵に同情してくれたのは、彼女たちぐらいのものでした。彼女たちの方が多少の自由がありましたから、どこかで手に入れた黒パンなどを私たちに恵んでくれたものです」
「なるほど」と僕は言った。極寒のシベリアにともしびを見たような気がした。ウクライナ女性の暖かさに日本兵はどれほど救われたことだろう。
「ただ、私たちも日本人としてプライドがあります。若い虜囚娘の施しで生き延びては、祖国に顔向けができない。だから、シベリア杉の木片で玩具を細工し、彼女たちに渡していたのですよ」
僕はうなずいた。その日本兵の高潔さに声は出なかった。
「もっとも、生き延びられるか分からぬ不安のなかで、私たちは生きた証を彼女たちに託したかったのかもしれない。いまになると、そんな風にも思い出されますね」
突然、穏やかだったKさんはうつむき、そして小さく肩を震わせながら言った。
「私は生き延びられるとは思わなかった。凍土を掘って戦友を見送るたびに、いつか私もシベリアの土になるのだろうと・・・だから、必死で木彫り細工を掘っていたのです」
僕は黙っていた。もはや相槌すら許されない思いだった。
「結核を14歳のときにやり、自分は長く生きられないだろうと覚悟しました。召集令状が届いたとき、自分は生きて帰ることはないと思いました。満州を出た列車が太陽の沈む方角へシベリアをひた走るのに気づいたときもそうでした。しかし、私は生きて祖国の土を踏み、そして、82歳まで生き・・・平和なことにガンに侵されて死のうとしている」
Kさんは大きなため息をついた。
「しかし、なぜ私は生き延びたのか・・・」
そう言ってKさんは僕の顔をみつめた。僕は目をそらすことができないでいた。その時代を知らずに生きてきた世代として、目をそらすことだけはしてはならないと、そう感じだからだった。
「わかりません」と僕は言った。「わかりませんが、きっと理由があるのだと思います」
Kさんは微笑み、そして小さくうなずいた。病室の窓は少し開けられていて、2003年の平和な風がカーテンを静かに揺らしていた。

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この記事へのコメント

毎日ウクライナのニュースから目が離せません。
プーチンのすべてのことを自分の都合の良いように捻じ曲げる手法に辟易しています。
これだけの非道な行いをしても自分が正しいのです。
ロシア国民には正確な情報が伝わっていないのですよね。
SNSから情報を得た人たちから起きている反戦行動が大きなうねりになるとよいのですが。
私は高校で世界史をじっくり学びましたが
要するに戦争の歴史でした。
人間の野望というのは愚かなものです。
独裁的な指導者がいなくなることが平和への一番の近道かもしれません。
続きを読むも読ませていただきました。
”平和なことにガンに侵されて死のうとしている”と言いう言葉からシベリアでの過酷な暮らしが偲ばれますね。

あの斜面に立っている家、雪景色の中で見ると寒そうですね。
雪が横殴りに降るような日は怖いのでは?
ここに住むには勇気がいりそうです。
投稿者: NEccoSun   22/03/04 22:39
NEccoSun様
長いのに読んでくださってありがとうございます。
息子さんも歴史に詳しいみたいですね。「オスマントルコは強いから」とか言っていた話を思い出します。
日本は世界に冠たる平和国家! 誇らしいです。
少なくとも今の総理がアベのお坊っちゃん(笑)でなくて良かった。
国会でいろんな議論がされていますが、レベルが低くて聞いていられません。
ネットでもいろんな意見が飛び交っていて、中には勉強になる物もありますが、とにかく疲れます。
みんなロシアに振り回されているだけです。

当初私は「プーチンは気が狂ったか!?」理解不能でしたが、今はだいたいわかって来ました。ロシアは本気になっています。
外相のラブロフはプーチン以上に頭が良い。幹部連中で綿密に計画された戦争だと思います。
第二次大戦ではロシアは最大の犠牲者を出しながらも戦勝国になったんです。それがロシアのやり方です。
案外ロシアは内部から問題が噴出して自滅するかもしれません。しかしこちらもあまりにも犠牲が大きい!!
とにかく、この先厳しいと思います。互いに多くの犠牲を払いながら我慢比べになると思います。
西側諸国に難民があふれて滅茶苦茶になるのをロシアは狙っています。
手段を選ばず、とにかく卑劣です!!
原発攻撃が今非難されていますが、まるで寸止め空手のように小出しにして来て相手の出方をうかがっています。
こちらの出方次第では次のステージに進むのが怖い。
ロシアは老朽化して朽ち果てた原子力潜水艦を港に放置するような国ですから、核汚染に関してはまったく無頓着です。

シベリア抑留者の話も、ため息しか出て来ません。
これはロシアにおいては氷山の一角で、日本人捕虜だけでなく、他の民族に対しても同じように酷い虐待をしていたらしいですよ。
弱い人たちは抑圧されていて発言できなかっただけです。

天空の城ラピュタですね。この家、私はとても気に入っています。
遊びに行ってみたいとは思うけど、自分で住むのは・・・
うちも高床式なので下から冷えて来て大変なんですよ。
投稿者: ロッド   22/03/05 00:38
これがいぶりがっこ...私もご飯2杯はいけそうです!(笑)
ネットで検索すると、以前ロッドさんがおっしゃってた『フランスで販売されたお弁当』の記事がヒットしました。
駅弁としてパリのリヨン駅で販売されているようですね。
食べてみたいなぁ〜。でもパリは遠い(^_^;)

シベリア抑留については、生還された方のお話をネット動画で拝見したことがあります。
まともな食料も与えてもらえず、極寒の中の強制労働...
Kさんのお話も読んで胸が苦しくなりました。
これ以上尊い人命を失わないためにも、早く戦争が終わってほしい。
投稿者: pil   22/03/06 08:44
pil様
コメントありがとうございます。
リヨン駅ですか、よく見つけましたね!
私はNHKラジオで聞いたのでした。
コロナ禍のせいもあるのか、駅弁という日本文化が好評だそうです。
外国にお住まいだと日本の伝統食を再認識されるようですね。
私もpilさんから良い影響を受けています。
私は本当に5杯食べましたよ。この写真のお茶碗は小さいんです。
たくさんお代わりして食べると美味しいんですよね。
お米も秋田こまちですから相性抜群でした。

戦争になるとルール無視「何でもあり」になってしまいます。
禁止されている兵器や禁止されている行為も、現場ではまったく無視。
それが戦争というものなんです。
シベリア抑留は捕虜虐待ということで、国連で戦争犯罪として問題になりました。
悪い伝統を持つロシアにしてみれば、これが「当たり前」だったのでしょうが、米軍の捕虜になった日本兵の話を聞くと、その待遇の差に驚いてしまいます。
アメリカは国際ルールをちゃんと守っていました。

今のウクライナはもう滅茶苦茶のようですね。何のルールも存在しない。
満州でロシアに襲われた日本の一般市民の事を思い出してしまいます。ロシアの戦争とはこういうものなんでしょう。
「常識」「当たり前」のレベルが違い過ぎます。
どうしたらこの戦争を止められるのか? 思いつきません。
投稿者: ロッド   22/03/06 12:48


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